先日、亡き父の生まれ故郷の富山県の魚津市を訪ねてきました。
父は昭和の初期15歳の頃開拓農民として北海道に渡り、現在の雨竜町にて農業に従事しました。 その後、戦後の農地改革で地主より農地を買い取り本格的に自営農業をはじめたのですが、昭和20年49歳の時面疔で急死しました。
15歳で富山を離れ、北海道に来てから一度も帰っていなかったそうで翌年の里帰りを楽しみにしていたようでした。父の死以降現在まで私達兄弟は父の生まれ故郷富山とはこの59年間殆んど交流がありませんでした。
父の生まれ故郷がどんなところで先祖はどうゆう人か最近すごく気になっていました。同じ思いを私の兄も持っていたらしく昨年頃から一度いっしょに、富山を尋ねてみようと話しあっていました。
3月頃、兄が電話局と連絡を取り合った結果、84歳になる従兄弟が富山県の魚津市に健在でいることがわかり、この5月私達兄弟は思い切って富山県魚津市を訪ねてきました。従兄弟と私達兄弟はお互い初めて会ったのですが自前に兄から電話連絡をとっていたせいかすぐにうちとけ59年間の歳月をあまり感じさせませんでした。
従兄弟の案内で父の生家を尋ねると90歳になるおばあさんがいて父が子供のころ登った松ノ木や庭や田畑を従兄弟と一緒に時間をかけ一生懸命親切に案内、説明してくれたのには本当に感動しました。
そのあとそこから車で10分ほど離れた亡き父の両親が眠っている先祖の墓に案内してもらいお参りしてきました。
私達は先祖や支えてくれる多くの人々がいて今、自分がこの世にこうして生かされているのだということを改めて強く思いました。札幌から遠く離れているためか墓前でそのことを思うと自然と先祖や自分の周りに対する感謝の気持と今こうして健康でいられることの静かな幸せを感じました。
これからは今こうして生かされている自分を謙虚にしっかり見つめ、縁あって自分とかかわった家族や社員や人々の幸せのため微力ながら一生懸命努力していきたいと考えています。
※2004年6月24日に弊社社長が執筆したコラムを再掲載しております。